2007年8月5日に発病した激しい線維筋痛症は、ある日突然に去ってゆきました。2009年1月10日のことです。(現在、比較的軽症な腱付着部炎に移行しています)

昨日2009年1月10日の昼、土曜の大学の研究室に新潟の箏奏者、杉浦順子(よりこ)さんの来訪を受けていました。

その前日、京都コンサートホールで「廣瀬量平先生をしのぶ会」が行われました。2008年11月24日に逝去された廣瀬量平先生の音楽葬です。それに参加され、翌日に研究室への来訪を依頼されていました。

昨日はみぞれまじりの寒い日で、白く雪化粧した大枝の山が本当に美しい日でした。

朝十時に研究室に杉浦さんがお出でになり、デュオを組まれているドイツ人尺八奏者で大使館勤務のボックハルトさんと録音された廣瀬先生の作品「十六夜(いざよい)」のこと、日本伝統音楽研究センター所長時代の思い出や御依頼されていた箏独奏の作品のこと、中国に演奏旅行をするようになられたことなど話はつきませんでした。

その最中、私は不思議なことに気がつきました。苦しみ続けた線維筋痛症の強い症状が、突然ふっ、と消えていったのです。

話している最中だったので時間は特定出来ません。でも多分正午ごろだったのではないかと思います。

母に話したら、音楽葬をした廣瀬先生が持って行ってくれはったんやわ、と。

線維筋痛症の症状は、神経のなせる業とはいえ、極限の世界です。地獄というものがあるならば、間違いなくこれがそうである、そう思います。

内からメッタ切りされ続ける痛み。左右、上下、前後に力で引き裂かれる強いこわばり。一年半前は指が動かなかったのです。

このひと月半、廣瀬先生をしのぶ会の準備で連日連夜、睡眠時間3時間が続き、本当に苦しかったです。

線維筋痛症は、始まるときも終わるときも、本当に突然。この強い症状が去ったことに心から感謝し、発病以来見守ってくださった沢山の方々に厚く御礼申し上げます。

そして、この病気に苦しむ方々のお役に立てるよう心よりつとめてゆきたいと思います。

後日談:こうして強い症状が去った日があり、また気温低下やさまざまなアレルギーから、思いもよらぬ程、症状は一進一退の日々が続きます。この日のように、突然強い症状が完全に去ったかと思う幾日がありました。2011年2月14日現在、いま少しの症状を残し、若干軽症の腱付着部炎との戦いが続いています。

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2009年1月5日に四川大地震チャリティーコンサート「アジアからのうたー冬の祈りのためにー」の収益78000円を中国大使館駐大阪総領事館へ直接届けるために行って参りました。

迎えてくださったのは莫麗麗(モー・リーリー)領事です。素敵な方でした。そして文化や語学の中国の本を数冊頂戴してしまいました。

頂いた感謝状を以下に転記します。

            感謝状
アジアからの歌 冬の祈りのためにー実行委員会 御中

 貴会は、2008年5月12日に発生しました中国四川大地震において、心温まる義援金をご寄付くださいましたことを、心より厚く御礼を申し上げます。
 このたびの甚大な地震は被災地域の生命財産に重大な損失を与えました。地震後、中国では政府をはじめ、社会各界は直ちに積極的な救援活動に立ち入りました。と同時に、国際社会からも援助の手が伸ばされました。特に中国の友好隣国である日本の皆様は被災地域の人々の身になって、義援金などの寄付を通じて、被災地域の人々に愛の心を送ってくださいました。
 まさに「一方に困難があれば、八方から援助の手が届く」という人道主義精神は十分に発揚されました。
 ここに改めて貴会の真摯なご厚意とご支援に対し、深く感謝の意を表します。
              
        中華人民共和国駐大阪総領事館
              2009年1月5日




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